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日本の賃貸物件の契約件数は2~4月の入学や就職シーズン、そして9~11月の転勤シーズンが最も多くなります。空室を抱えた賃貸オーナーにとってチャンスであり、このタイミングを逃すと収益が減ってしまうため大変重要な時期と言えるでしょう。
そんな中、ここ最近で「入居審査は差別ではないか」という意見をちらほら目にします。これは、ある政治家の一言によって火が付いた世間の声とも言えますが、入居審査が差別とは果たして何のことを言っているのでしょうか。
今回は、賃貸物件における差別的扱いがなぜ起こるのか、そして家を借りるときに立ちはだかる5つの壁について解説します。
「家が無い!」山本太郎氏の発言に見る日本の賃貸事情
■出典:「山本太郎 れいわ新選組代表・前参議院議員」オフィシャルサイト
2019年9月、参院選で大躍進を果たした「れいわ新選組」代表である山本太郎氏のこんな発言が話題になりました。
選挙が終わり、その1週間後には議員宿舎を出ることになったが、
いまだ住所不定。新居を探すが、審査で落とされ続けている。
公党代表という立場だが、現実的には無職に近い扱い。
どのような立場にあっても、住まいは権利として保証される世の中を作ると決意し、あらたな気持ちで物件探しに臨みます— 山本太郎 住まいは権利! (@yamamototaro0) September 5, 2019
党代表、政治家と言っても今回の選挙で議席は獲得していないため、世間から見たら無職の扱い。そのため、議員宿舎を出た後の住まいが見つからないというのです。このたった1件のツイートに非常に多くの人が反応し、ニュースや週刊誌でも取り上げられるほど話題となりました。
中には「選挙は7月でツイートがあったのは9月だから1か月以上も住所不定の政治家は珍しい」という鋭い指摘もあるほど。そして山本太郎氏は、同ツイートを以下のような文言で締めています。
「住まいは権利として保証される仕組みを作る!」
この発言に対する実際のところは最後に解説しますが、賃貸オーナーという立場で考えるとそう簡単に賛同できる発言ではないでしょう。
例えば山本太郎氏自身だけでなく、政治家が住んでいるとなればマスコミが集まりますし、一般人にしてみたら「政治家という立場を利用して何をされるか分からない」と思っても不思議ではありません。また政治家でなかったとしても「実質無職」「住所不定」という時点で、住居というサービスを提供する側として「貸したくない」と思うのは当然です。
不動産取引における賃貸は軽く見られがち。ただ個人オーナーにしてみれば賃貸住宅は大事な収入減。収益が減るリスクが大きかったり、他の住人にまで迷惑がかかったりする可能性があるなら、やはり「普通の人」に住んでもらいたいと思うのが賃貸オーナーの心情ではないでしょうか。
賃貸契約までに立ちはだかる5つの壁
とはいえ、日本で知らない人はいないと言えるほど顔も名前も知られた山本太郎氏が、なぜこんなにも住居探しで苦労するのでしょうか。賃貸物件を借りるためにはいくつかの壁が立ちはだかります。物件探しから賃貸契約に至るまでに乗り越えなければならない5つの壁を見てみましょう。
「不動産会社」という壁
物件探しで最初に壁となるのが「不動産会社」です。不動産を仲介するはずの会社が壁になるとはどういうことでしょうか。
まず不動産会社は必ずしも物件を探すユーザーの味方とは限りません。「仲介契約を成立させる」のが最終目的であるため、契約にならないと踏んだ客に対しては非常に冷酷。ただ契約に繋がらない、若しくは利益が薄い取引になると分かってもあからさまに拒否できません。そのため「ご紹介できる物件がありません」「内見予約のお客様がいるためご案内できません」といった遠回しの「お断り」を入れるのです。
「賃貸オーナー」という壁
最近では空室増加も相まって「住まいにお困りの方もお気軽にご相談ください!」と謳う不動産会社も多くなっています。高齢者や外国人、生活保護世帯でも物件探しがしやすい環境になってきていると言えるでしょう。
だからといって必ず希望の物件を借りられるとは限りません。不動産会社が良い物件を紹介してくれたとしても、賃貸オーナー側から拒否されてしまっては契約できないのです。中には内見前に入居希望者の属性を知って「もう入居予定がある」などの嘘を付かれることもあります。
「連帯保証人」という壁
住宅を貸して収入を得る賃貸オーナーとすれば、家賃滞納や事故、室内の破損などに対する保証は非常に重要です。そのため非常に多くの物件が「連帯保証人必須」になっています。
現代においては「連帯保証人には絶対になるな!」というのが常識。たとえ親族であっても連帯保証人になってもらえないケースは多分にあります。稀に家賃を1年や2年分一括で払うことで連帯保証人無しでも契約してくれるオーナーもいますが、交渉次第であり、そもそも交渉に応じてくれる人も多くありません。
「保証会社」という壁
連帯保証人が立てられない現代では、保証会社という非常にありがたい会社が多くあります。連帯保証人の代わりとなってくれるだけでなく、万が一、家賃を滞納しても入居者の代わりに家賃を保証してくれるため賃貸オーナーも安心です。
しかし、保証会社といってもどんな入居者でも利用できるわけではありません。上記まで不動産会社と賃貸オーナーによる判断で入居できないという壁を解説しましたが、保証会社こそ客観的に入居希望者を見るため属性が非常に重要になります。ある意味では5つの壁の中で最も高い壁と言えるでしょう。
以下の記事で解説している通り保証会社にも種類があり、審査の難易度も会社により全く異なります。

また賃貸オーナーは利用する保証会社を選べますが、入居者が保証会社を選ぶということはほとんどありません。数少ないですが、オーナーが指定していなくても申し込める保証会社もあります。ただ審査が通ったところでオーナーの承諾が前提です。保証会社というのは便利なように見えても、入居希望者によっては不便な一面もあるのです。
「緊急連絡先」という壁
緊急連絡先も意外と高い壁になり得ます。緊急連絡先が必要になる理由は、入居者に何かあって連絡が取れなくなったときのために、連絡が取れやすい人を確保するためです。よって緊急連絡先には債務の保証義務などはないため、本来なら連絡さえ取れる人なら誰を指定しようが問題ありません。
ただし、ここでも保証会社が壁となります。保証会社が適切だと見る緊急連絡先は「親族」。できれば親や兄弟、配偶者が望ましく、続いて親戚、知人という順で信頼度が決まります。
ここで「知人」を指定すると、審査に通らない可能性があるのです。
このように、物件探しから賃貸契約に至るまでには何かと高い壁が立ちはだかります。会社勤めをしていて安定した収入があり、賃貸契約の連帯保証人になってくれる親族がいるという状況であれば何ら問題ありません。逆に、山本太郎氏の住まいが見つからないのは上記までの壁を乗り越えられない事情があるためとも言えるのです。
不動産取引における人権に関する法律や差別禁止の法律はある?
人にとって住まいは最低限必要な生活基盤。賃貸不動産の契約を拒否したり、審査を承認しなかったりすることに問題はないのでしょうか。実際、最初にご紹介した山本太郎氏の入居審査が通らないという発言に対しても「それは差別ではないのか?」との声もチラホラ見受けられるほどです。
実は、宅地建物取引業法や借地借家法において、入居審査や差別に関する定めは一切ありません。唯一、不動産取引において適用できる差別に関する法律は以下2つと言えるでしょう。
【日本国憲法】
第十四条 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
第二十二条 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
■引用:日本国憲法
【障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律】
第八条 事業者は、その事業を行うに当たり、障害を理由として障害者でない者と不当な差別的取扱いをすることにより、障害者の権利利益を侵害してはならない。
■引用:障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律 事業者における障害を理由とする差別の禁止
国籍や性別、社会的身分、障害の有無で入居を拒否するのは明らかに違法です。しかし、保証会社や賃貸オーナーが必ず行う「入居審査」において、非承認になったとしても理由は開示されません。これは賃貸に限った話ではなく、カード会社やローンの申し込み、就職活動など全てにおいて同じです。
多くの人が何かにつけて審査されるのは現代ならではと言えますが、差別的扱いを受けたかどうかというのは証明しようがないのが現状です。
差別的扱いが認められた過去の裁判例と現状が分かるデータ
前述の通り、賃貸申し込みにおける審査内容は開示されません。不動産関連の法律に差別禁止に関する定めが何ら存在しないため、各地の宅建協会において独自に啓発活動を行っている程度という状況です。ただ過去には、賃貸契約において差別的扱いを受けたという判例やデータがいくつもあります。有名なのが以下の判例です。
損害賠償請求等事件(平成19年10月2日京都地裁判決)
韓国籍の方が国籍を理由にマンションへの入居を拒否される事件がありました。これについて、裁判所は、家主があくまで住民票の提出を要求したことから、「理由が国籍にあることは明らか」とし、「日本国籍でないことを理由にした拒否は不法行為にあたり、賃貸借契約を拒むことは許されない」と断じ、家主に計110万円の支払いを命じました。
■引用:大阪府
裁判の争点となっていたのは、外国籍であることを理由に入居を拒否したかどうか。ポイントになるのは「住民票」を要求されたという点です。ローンを組むわけでもありませんから、賃貸契約において住民票を提出することは多くありません。結果、外国人登録証明書を提出しているにもかからず、住民票の提出ができないという理由で入居を拒否したため「外国籍であることを理由に拒否した」と認められたのです。
また、判例とは別に以下のようなデータもあります。公益財団法人人権教育啓発推進センターが公表している「外国人住民調査報告書」において、なんと4割の人が「外国人であることを理由に入居を断られている」という結果が出ているのです。
■出典:公益財団法人 人権教育啓発推進センター 外国人住民調査報告書
他にも不動産会社が積極的に同和地区を調べていたという非常に悪質な事例もあります。不動産と差別というのはなかなか表立って話題になることはありませんが、実は私たちの知らないところで差別されてしまう入居希望者は多いのです。
日本の住まいは「差別の排除」と「相互の理解」が重要
山本太郎氏の発言から考える賃貸業界の差別についてですが、これは解消しようがないことなのでしょうか。一つ明確に言えるのは、今後賃貸オーナーは「時代の変化」に対して必ず対応しなければいけなくなるという点。事実、会社勤めをしないフリーランスの増加やパートなどで生計を立てるシングルマザーは増えています。一時、増え続けるフリーターという存在が大いに話題になったこともありました。
誰しも必ず会社勤めしているという時代はとっくに終わり、訪日外国人や高齢者の増加も避けられない時流です。賃貸オーナーとしては、そんな時代の変化を強く認識する必要があると言えるでしょう。
しかし、古くから続く入居審査における差別的な扱いが根強く残るのも事実。無職扱いで住まいが見つからないと嘆いていた山本太郎氏は、そんな世間に逆らうかのように以下のような緊急政策を掲げています。
■出典:れいわ新選組
公的住宅こそ差別的扱いは厳禁ですから、山本太郎氏の政策には並々ならぬ思いが込められているのではないでしょうか。
しかしながら、政策である「初期費用なし」という部分は、正直なところ非現実的です。賃貸の初期費用に含まれる敷金は、家賃滞納や室内破損の修繕といった債務を担保する大事な保証金。その他、建物自体を維持保全のためには多額の費用がかかります。つまり、上記政策を実現するには、公的住宅であっても必要になる鍵交換や火災保険、ハウスクリーニングといった費用全てを公費で賄わなければならないのです。ただでさえ社会保障費が足りないと言われる日本で、国の政策として住居費の負担を実現するにはまだまだ議論が足りないと言えるのではないでしょうか。
賃貸契約における差別については、入居希望者と賃貸オーナー、そして不動産会社という3者間の思惑において利益相反のようなことが起こり得ます。何とももどかしいジレンマですが、少なくとも今後の賃貸業界において大事になるのは「入居希望者が問題を起こす可能性があるかどうか」の見極めになるでしょう。
空室が増加し続けると見られる日本の賃貸住宅事情の中で、入居者を選ぶ余裕なんてなくなる可能性は十分考えられます。すると重要になるのが、法整備や民間事業者による入居後のトラブルにおけるサポートの拡充や平等な入居審査を行う体制づくり。今後の賃貸業界における最大の課題になると言えるのではないでしょうか。

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